「芸術新潮」2014.3、石田千さんの連載「唄めぐりの旅」は「雪の細道 舟下り」として最上川舟唄。本唄は定かでないが掛声はすらすら出てくる、「ヨーイ サノ マカーショ〜 エーンヤ コラマーカセ〜/エエヤァエーエ〜 エーエ ヤァエーエ〜/ヨーイ サノ マカーショ〜 エーンヤ コラマーカセ〜」。字面を追うとけっこう違う。あたりまえだがその違いがまた面白い。「ヨーエ サノ マッガショ エンヤ コラ マーカゼ/エエヤーエーエーヤーエーエ エーエヤー エード/ヨーエ サノ マッガショ エニャコラマーガセー」。意味は考えたことがない。ずいぶん最近に作られたものであることに驚く。どれだけ大昔から伝え継がれたものかと思っていた。母も祖母さえも練習中だったくらいのことなんだ。
・山形県大江町/
最上川舟唄の誕生
舟唄の歌碑が建つ「日本一公園」のことを石田さんが書いている。
日本一公園はただしくは楯山公園と言うそうです。眺めはすばらしい。日本一だと讃えるうちに、日本一公園と呼ばれるようになった。
美しいワンツースリーに地下鉄の中で涙が出た。こういう気持ちをどうしたらいいのだろう。実際ここは標高いくらなのかと思う。小さな山というか高台だ。でもあそこが日本一と思えたときが確かにあった。穏やかな寒河江川の南側に平行してつらなる集落からみたら、松の木が輪郭を描く南側の山はたもとに陰をつくるのでより大きなイメージがあったのだろう。同じ川の北側からはそう見えなかったと思う。その小さな高台に日本一公園はあり、その向こうに最上川という大きな川と左沢という知らない町があった。寒河江川は最上川の支流、その川はやがて日本海に注ぎ出ることなど知るよしもなかった。今訪ねれば小さな公園、でもあそこが日本一の公園だった時はたしかにあった。