その紀章さんの奥様でもある若尾文子さんが出ている映画をたくさんピックアップしているのが、川本三郎編・映画の昭和雑貨店2「昭和30年代ノスタルジア」。会場の神保町シアターはこの夏オープン 、三省堂と、入り口の向きを変えた南洋堂の裏手にある小さな映画館で、吉本がやっている神保町花月と同じビルにある。館は地下、99席、見た目の安普請臭のわりに防音しっかり。神保町にあふれる吉本系の呼び込みと受付の華やかさとはうってかわって静かな客席、『洲崎パラダイス』『鰯雲』などの定番に加えた必見の構成、この時代ならば新珠三千代さんがダントツ好き、そのあとの作品を見ていなかったから訃報にがっくり、それは紀章さんに対してと一緒だなあ、どれだけ好きだったかをなぜ一枚の葉書にも書けなかったのだろう。みんなとにかく、手紙を書こう、興奮した夜に。
それから若尾文子さん、このひとは、声に言葉遣いに表情仕草、みんな合うなあ。バロックだ。とにかく今回は若尾主演の『永すぎた春』ねらいだったのだが時間合わず『巨人と玩具』(写真はそれ。主演の野添ひとみさん)、みどころは「テレビ」「宇宙ブーム」「CM時代の始まり」、疾走感はなるほど圧巻、血をはく男とささやく女。原作は開高健、野添ひとみもいいが、菓子メーカーの宣伝部の第一線で働く女ってどういうのだったのか、演じた小野道子、あの、したたかでだーさくて、それでもって最後にそっとささやくときの、あの間際までのなりふりが、いい。
でも、ありえないシーンには胸が痛む。生めないカラダの妻を罵倒するってどういうことか。だけどこのころまでの日本の映画にはふつうにそれが出てきます。たった二つの性でつないでいる命のことを、初めてはっきり掴んだのはこの時代のひと。男女をくっきりわけることがそれぞれの強さも弱さも特徴を際立たせたにはちがいないが。
・
ミツバチのささやき/好きな映画を語る写真は同サイトより