ある日唐突にいなくなったその人の消息を、一番身近な彼は決して口にしない。言い出す時を待てなくて聞くと、「やりたいことをして過ごす暮らしができるメドがたちました」というメールがきたと言う。生きている、むしろ明るく! 絶望に逃げたのではなかったのだと勝手安堵まもなく、やりたいことができない状況を私たちが土嚢を積むように丁寧に形作っていたのね。犬よりも虫よりも人のやることは身近なことなのに、考えないからわからない。せめて思い当たる後ろめたさは記憶や記録をたぐってやっと——その夜。流れた涙を肌に吸わせず、水銀のようなポツポツの涙の雫をほがらかな表情の女が頬につたわせて堂々向かってやってくる。母なのか。