甲状腺眼症の苦痛から気を紛らすためにベーコンの「人体による習作」を眺めていた夏だったなあ。
グレーフェの徴候(「gui」100)
四釜裕子
元スキー場のただ中にたつ二つの家
照り返しを遮る黒色ミストに覆われている
紫外線が映写技師
かつての季節を地面に映す
二つの家族は
気に合った時間をかつてに暮らす
家族はもとから一家に一人
ピンヒールで土間につながる左足を軸に安定していて
チタンの骨を包む肉体は大丈夫という雰囲気に満ちている
一つの家のドアの蝶番が壊れる
光と風が隙間から射し込む
目が追いかける
つかみたい
退屈を知る
左右の腕を振り上げる
肉体を満たしていた雰囲気が筋肉になる
十の指の爪も手入れをしない
行く先が伸びてドアに届く
四本の引っ掻き傷がつく
すべてにクロスするようにかたつむりがねばねば歩く
でんでんむっくりこっくりかっくりこっくりかたつむり
おまえの頭はどこにある
つの出せ、やり出せ、目玉出せ
つのとやりと目玉を出してかたつむりが言う、おまえのは?
つのなしやりなし目玉あり
だからここが頭ってことで
隆々グラマー色白人差し指が目玉を突き抜く
転げ落ちてうまいことドアストッパーになる
真っ白な外に表沙汰
外を見る
外だけが見える
黒色ミスト涸れてるし……
腹の底から可笑しみがくる
鍛えた筋肉がクククと伝える
腹とも脳ともとうに断絶してるのに
笑いがますますこみ上げる
ぎりぎりまできて表情にならない
顔がなかった
困って眉間に皺がよる
顔がないのに
我慢の限界
ドアの隙間から転げ出る
キタロー・キタロー・グレーフェ・パセドウ
キタロー・キタロー・グレーフェ・パセドウ
ベルリンのグレーフェ先生
メルゼブルクのパセドウ先生
わたし、小さな体で家出しました
笑い飛ばして奇妙を愛す