喫茶ピーターさんが閉店していた 少し前から、bookba...
「桜三月散歩道」は葛飾柴又のラブソン.. ♪だって人が狂いはじめる...
海老えびすは割れにくいだろう。包装と.. 国産芝えびを使った「坂角...
メガネさんが出ていたころの 『BAR.. 『BAR レモン・ハート...
代々木八幡駅前の額縁屋「sur-mu.. 「sur-murs(スュ...
「ギャラリー観察隊」5号に「二川幸夫.. 「ギャラリー観察隊」5号...
台東区元浅草はなぜ”元”浅草なのか 台東区の稲荷町駅界隈の地...
寅さんは寒河江にもきてたのか 『男はつらいよ 葛飾立志...
3331ARTFAIR2018→篠原.. 『前衛の道』篠原有司男1...
黄金桃はマンゴーに似ている vs. .. ふるさと納税、返礼果物シ...
北斎の墓 誓教寺にある。 …… 誓教寺のあるところは、旧称永住(ながすみ)町で、永住町には永六輔さんの生家のお寺もあるが、永さんが住んでいたから永住町ではない。 『東京案内』によると、永住町の項に「里俗本町を土富店(どぶだな)という」とあるが、ドブ店は江戸の岡場所として知られ、色ッポイ女が袖を引いた名所?であった。厳密にはドブ店は、誓教寺の前の通りと稲荷町の通りとの中間の筋、経王寺や長遠寺(通称ドブ店のお祖師(そつ)さまといわれた)のある通りを指していたようであるが、反対に誓教寺の裏の方の、正福寺の通りも柳稲荷横丁として、やはり色ッポイ場所であった(花咲一男『岡場所図絵』を読んで知る)。しかし江戸末期には、もう一掃されてしまったらしい。